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タマボール大作戦

映画・マンガ・小説・GAME・音楽・日常なんでも勝手に評論してます。

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「SAFE」

ジュリアン

※注)ネタばれしてます

監督は「ベルベット・ゴールドマイン」のトッド・ヘインズ。現代に生きる人達にとって決して他人事ではないけど、でもまぁ人ごとか、みたいな感カの映画。高級住宅街に専業主婦として不自由なく生活するキャサリン(ジュリアン・ムーア)が主人公。彼女は登場したときからどこかしら疲れている。健康に人一倍気を遣って、お酒もドラッグもコーヒーも取らず、ミルクを飲む彼女。なのに彼女の美しいさを曇らす不安が映画の序盤から漂っています。それは、家の模様替えのために買った高級ソファの色が間違えて届いたところから急激に濃厚さを増していきます。トラックの排気ガスでパニック症状をおこしたり、美容院でのパーマとネイルケアで鼻血を出したり、夫のグレッグの整髪料やスプレーに反応して嘔吐したりと、どんどん体調を崩していきます。かかりつけ医に診てもらっても身体に異常はなく、キャロルの不安と比例するように夫の苛立ちもどんどん高まっていきます。そんな感じでうまくいかない夫婦生活の中、化学物質過敏症というアレルギー症状に苦しむ人達に出会い、そして彼女もその症状の持ち主だということがわかります。新聞のインク、新しいソファの素材、化粧品や食品が彼女にある日突然、牙をむいたのでした。そんなある日、いつも使っているクリーニング店が消毒剤を散布している現場に居合わせ、痙攣を起こしながら吐血し、入院することになります。その病院で知った化学物質を全く使わない生活をする非営利のコミューン。彼女はそこに行く決心をするのでした。

あらゆる物質に囲まれ、何も不自由なく裕福に暮らしていたキャロルを突然襲ったこの病気は、物質社会の生活に慣れきったキャロルのアイデンティティの崩壊を招き、新たに目指す土地での再構築を促します。しかし、安住の地を求めてコミューンやってきたキャロルは、常に酸素ボンベを携帯し、鼻にチューブをさして生活し、その表情に明るさは無い。同じ悩みをかかえ、この地にやってきた人達との日々のワークショップでは、発病のきっかけを少しずつ追求して、自分を認め、愛する作業を行っていく。会いに来た夫と息子と抱擁することすら過敏に化学物質に反応してままならない。深く広がる家族との溝。そして少しずつかの地になじみ一員になっていくキャロルに恐怖を覚え、コミューンに建てられた異様な白いドーム型のキャビンと新興宗教の教祖性を孕んだコミューンの代表の存在が、映画の画面にいまだ色濃く不安を残しました。

宗教という言葉はどこにも出てこないです。なのにキャロルが新しく安住の地を求めて訪れたこのコミューンは、私から見れば新興宗教に近い。映画を見終わった後、言葉にするのが難しい気持ち悪さが残りました。キャロルが物質社会に住む家族と身体だけでなく精神的に距離を置き、コミューンに馴染んでいくように、人はこうやってある種の宗教に慣れ、違和感なく染まっていくのではないのかという感覚。それはほんとに恐ろしい。それは宗教を批判しているのではなく、やはり自分の許容範囲外の世界が繰り広げる現象に恐怖したのだと思います。映画自体は、一人の人間のアイデンティティの崩壊と再構築中を通して、物質社会の不安定さ(安全では無いということ)を描いてるとは思いますが…。人の依存性にふれた気味の悪い映画でした。
2005/4/30 ichiko
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  1. 2005/04/30(土) 21:41:03|
  2. miwanko_DVD
  3. | コメント:0

「私家版」

ず~っとイギリス映画と思っていたけどフランス映画だったのね。最近知りました。でも英国の香りがぷんぷん。この映画、なんかの映画を観にいった時に宣伝を観ました。正直その時はなんの興味もわかなかった。久しぶりに見たテレンス・スタンプは老けていた…という印象だけ。それから数年、ちょっとわたくしも大人になりレンタル屋さんで目新しいビデオを漁っていたところ、何故か数年前に映画館で見た宣伝の映像、360度壁全面の本棚をカメラが回転しながら写し出すシーンと本が人を殺すというフレーズを思い出し、も~れつに興味を持ったのでした。即借り。即観。物語は、テレンスの役ドコロである気品漂う編集者エドワード(”サー"の称号をお持ちです)の復讐劇。いや~こう書いちゃうと身も蓋もありませんが、おおよそ復讐劇なんて漢字からは想像できないスマートで美しい映画です。オープニング、なんともいえない異国の香りが漂う音楽が流れてきます。その後も映画全体の印象をつくり出す音楽。映画の中の美しいチュニジアを思いおこす音楽であり、英国紳士のエドワードの心を象徴するような音楽でもあります。エドワードは有能な編集マンであり、腕のたつ本の贋作家でもありました。

冒頭、友人である政治家に「アラビアのロレンスの原盤を召使いが間違ってシュレッターかけちゃったから作って~」と頼まれます。なんでそんな貴重なものシュレッターかけちゃうのよ!ありえない!いくらなんでも大事なもんそ~やな~とかわかるやん!じゃ今あるアラビアのロレンスは本物じゃないの!国家間戦争になりかねないぞ!と思いながらもエドワードはあっさり「もう贋作はやめてん。ごめんな。」と断っちゃいます。あぁ~大変だよ~偽物でもいいから存在しなくちゃまずいよぉ~、そんな心配を知ってか(いや知らないね)後々ちゃんとエドワードが作ってくれるます。ほっ。そんなとこは引っかかる必要性は皆無なんだけど(ロレンス好きなのでこの設定だけでグッ!)、少し遅れて鼻持ちならない三文作家のニコラがエドワードのオフィスに訪ねてきます。秘書が止めるのも聞かず来客中のエドワードの部屋にズカズカ入ってきて、最悪な嫌みを言って先客を追い払っちゃいます。この先客が着けてるタイとかがいかにも英国らしい。

で、エドワードは、その最悪な高慢ちきヤローの三文作家が書き上げた小説を読まされます。その小説は今までのニコラからは考えられないような文体を用いた最高傑作。エドワードは読み終わった後、鼻持ちならないその男に惜しげもなく感嘆と賛辞の言葉を送ります。そして小説の中に隠された事実に気づき、エドワードの奥底で時を止めていた愛憎の封印を解き始めたのでした。30年前に愛した美しいチュニジア女性。そして彼女を自殺に追いやった傲慢で横暴な男。静かに静かに歯車が回り始めます。パリの由緒ある出版社と、ニコラの元恋人の辛辣評論家、今は亡き1人の作家と戦争で燃えた出版社。30年前に亡くした恋人と瓜二つの女性。そして贋作私家版。全てが繋がり関係し、1人の男を追いつめてゆく様はお見事!!アメリカ復讐劇にありがちな派手な立ち回りはありません。静かで知的で、淡々とした復讐があります。

でも中年男の一途な思いってなんだか哀しいのねぇ~。テレンス・スタンプの英国哀愁に脱帽。映画中、派手なおばちゃん秘書とのジョークまじりの会話中だけ、ほんのりエドワードが幸せに見えました。
2005/4/1 ichiko
  1. 2005/04/01(金) 21:20:30|
  2. miwanko_DVD
  3. | コメント:0

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